薬剤師 求人からのひらめき
自分と本気で向き合うのはとても労力のかかることですが、それをしっかりおこなうことで、心の声や飾らない声が聞こえてくるはずです。
それを素直に表現してもらいたいのです。
最初の面接は二次選考にあたります。
ここでは面接官二名に対し学生三名。
三次選考では面接官二名に対して学生一名、四次選考は面接官も学生も一対一、いずれも一回二〇~三〇分程度です。
その後が最終選考の役員面接となり、人事部の管理職と人事部長、人事担当役員が面接官を務めます。
面接でのチェックシートにはいろいろな評定項目がありますが、私はあまり重要視していません。
最終的な数値化はしますが、この学生はどのような人物であったのかを思い出すために印象を書く程度。
複数の面接官で評価をしますが、評価が極端に割れた学生の場合には合格させるように指示しています。
平均化された数値だけで判断すると振れ幅が見切れず、多様性ある「面白い人材」は人社させられないからです。
この点にはとても注意を払っています。
二次、三次選考で見ているのはパーソナリティです。
クループ面接というのは、どうしても総花的な内容になりがちです。
そこで、面接官には寡黙なタイプからもうまく話を引き出すように指示しています。
地方出身の朴訥とした学生には、面接に慣れておらず緊張して黙ってしまうタイプもいます。
でも、そういう人にも確固とした個性がある。
何よりも、きれいに話ができることが判断基準ではない、ということを面接官がしっかりと理解しておく必要があるのです。
エントリーシートを自由にしたことで面接での話題は幅広くなりました。
志望動機や学生時代の活動もそのシートをきっかけに聞いていきます。
注目するのはやはり愚直さで、そうした資質があるかどうかを話の過程で探っていくわけです。
これまでの面接の経験においても、学生自身が等身大の自分を“素直さ”や“正直さ”が滲み出る言葉で語ったりするととても興味がそそられます。
いずれにしても、ANAという会社が地味な仕事、泥臭い仕事で成り立っていると肌で実感するのは皆入社後です。
私自身もそうでしたし、いまも変わらないと思います。
その地味な仕事のなかで業務への熱意を燃やし続けるというのは、上面のやる気だけでは到底無理なのです。
エアラインビジネスの原点は、何よりもまず「現場」を知ることから始まります。
グループ三万人のプロ集団の中において、一人前に仕事ができるようになることは容易ではありません。
専門性を磨き上げるための人材育成にはそれ相当の時間を要します。
だからこそ、途中であきらめずにゴツゴツと努力を積み重ねるしぶとさや、愚直さをもつ九学生か必要なのです。
世界規模でアライアンスや合併、提携が進む航空業界にあって、ANAも二〇一〇年度の首都圏空港(成田・羽田)の容量拡大というビジネスチャンスを狙う。
現在、事業を成長軌道へ乗せていくために「ANAグループ中期経営方針」を作成し、実行中である。
グローバルでの生き残り競争が続く航空業界において、ANAは次の一〇年、二〇年後に向けて駆け出している。
総合職技術職(理系のみ)の採用では、基本的に整備部門の社員が中心的に携わります。
近年では理系の学部生の多くが修士課程に進むこともあり、結果として採用人数の約半数が大学院卒の修士となっています。
採用選考では、学部・専攻に制限を設けることはI切なく、逆に事務職と同様に個性や愚直さといったパーソナリティに力点が置かれます。
入社後は現場での仕事が基本ですから、やはり飛行機が大好きであることも重要なポイントだと思います。
整備は腕の世界。
厳しい訓練、勉強を経て、世界最高水準の技術を体得していく。
経験を積み重ねていくと、技術の分野を極める道や、生産管理の分野など、幅広いキャリア育成の道が広がっていきます。
今、技術職の業務領域は航空機整備にとどまりません。
航空機メーカーやエンジン・装備品メーカーとの折衝や、航空技術・航空機材の中長期的企画立案業務など、経営に直結する業務も数多くあります。
ですから、採用においては専門知識の習得度合いではなく、将来の可能性を秘めた人材の発掘に力を入れています。
当社はどういうわけか、ピンチになると社員がまとまる気風があります。
二〇〇一年以降では、米同時多発テロ、SARS(重症急性呼吸器症候群)、燃油高騰と、航空業界には逆風ばかりが吹き荒れ、幾度となく危機に見舞われました。
現会長の大橋洋治が社長のときには、会社存続の危機とまで言われたこともあります。
しかし、そのたびに社員一丸となって結束し、乗り切ってきた。
二〇〇四年には社員一律五パーセントの賃金カットを行い、二〇〇九年度もさらにこの厳しい状況を乗り切るための人件費削減策に踏み切りました。
「百年に一度」といわれる厳しい経済環境の中で、初代社長である美土路昌一の「現在窮乏、将来有望」という言葉を思い出し、みんなで危機を乗り切っていこうという雰囲気にあります。
現在は「ピンチこそチャンス」を合亘果に、グループ会社も含めた全従業員から業務改善や売上増加策などの提案を募り、約一三〇〇件のアイデアが集まりました。
それを経営のトップ層がすべて目を通した後、項目別に振り分けて各担当部署に渡します。
その際、アイデアが挙がっているということは、必ずその問題等が背景にある。
そこまで含めて、対応策を講じる必要があるというわけです。
こういう面で、当社は非常に風通しがいい。
ピンチの時にバラバラにならず、結束するというのは普段からまとまっていないとできないと思います。
そんな風上があるのは、やはり純粋な民間会社でやってきたからこそ、また、つねに人を大切にする社風だからこそだと思っています。
私が入社したのは第二次オイルショックの後でした。
そもそもなぜANAを志望したのかと言えば、飛行機の座席を売る仕事というのはどういう商売なのだろうと素朴な疑問から。
形のないモノを売るのは面白いかもしれないというシンプルなものでした。
入社して最初の配属は大阪支店。
予約担当となり、そこで約一年半勤務しました。
次に実際のセールスに配属され、最初の担当はエージェント(旅行代理店)回りで、その後、法人営業。
飛び込み営業も当時はよくさせられました。
私はこの時期に、大きな失敗を経験しました。
五月の連休で、沖縄線は予約でいっぱいでした。
けれども、自分の開拓したお客様からいただく注文に任せて、どんどん席を売っていた。
気付いた時には、航空機一機分にちかい座席を余計に売ってしまっていたのです。
ANAの名前をつけたツアーなので、簡単にツアーキャンセルはできない。
臨時便も伊丹空港の騒音規制の問題があり簡単には対応できない。
大阪支店中が大騒ぎになり、結局支店長命令で飛行機を調整することになりました。
支店の社員全員の協力の下、何とか調整をつけることができました。
しかし、そのせいで全国のダイヤが狂ってしまった。
もう面目ない気持ちでいっぱいでした。
それでも、支店長は「おまえが準備した臨時便なのだから、見送りに行ってこい」と声をかけてくれた。
心底懲りましたけど、この時は感動しました。
これが、私の入社二年目の大失敗でした。
ただ、若いうちに失敗はたくさんしておくべきだと思います。
薬剤師 転職の最安値を見つけよう !薬剤師 転職にチャレンジしてみましょう。
薬剤師 転職をご確認下さい。薬剤師 転職の専門技術を身につけましょう。
薬剤師 転職を使用する機会が増えています。便利で楽しい薬剤師 転職が満載です。
薬剤師 求人が一般的になってきました 。薬剤師 求人にチャレンジしてみましょう。
あえて薬剤師 求人を選んでみました。薬剤師 求人は買いです!
薬剤師 求人の最安価格が変動しています。業界最大手の薬剤師 求人です。